2010年08月27日

「介護出来る」事は幸せなのだろうか?

介護できる事は幸せ?

高齢となって「寝たきり」や「認知症」になると、家族が介護する事になります。

自分の生活を犠牲にしなければならない介護ですが、産経新聞によると、介護できて「うらやましい」という声も寄せられています。

それは、心の準備もなく突然近親者を失った家族からで、「介護できるのも幸せ」といいます。
そして、「介護で大変な知人の姿にうらやましささえ感じます」・・・・


この声に対して

介護を経験した人からは「介護は終わりの見えない戦い」「うらやましいなどと言うのは介護を知らないから」と反発の声が上がっています。

議論のきっかけとなったのは「介護に感じるうらやましさ」のタイトルで掲載した高知市の男性(51)の投書。脳幹出血で倒れた母親を、亡くなるまでの1カ月間介護した男性は「介護する側もされる側も大変だと思う」としたうえで、「子供として親を世話し、最期を看取(みと)ることができるのは幸せ。介護の大変な知人の姿にうらやましささえ感じる」と綴っています。

短期間の介護であればともかく、普通数年に及ぶ先の見えない介護。
本当に、「介護出来る」事は幸せなのでしょうか?


専門家は「介護が幸せか大変かとの問いは、介護のどの側面を重視しているかの差だ」と双方に理解を示す、どちら付かずの、専門家らしい回答。

連日のニュースでも、介護で心中とか、介護によるトラブルが報道されている様に、大きな心の傷を背負うのが、介護の現状ではないでしょうか。

神戸市の女性(55)は「31歳のとき父が脳内出血で倒れ、1年半看病した。仕事が終わると病院へ行き、週1回の休みはリハビリの付き添い。あまりの大変さに自分の運命をのろった。介護は大変なだけ」という。

 認知症の父親を2年間介護する大阪府東大阪市の主婦(47)も「介護する私も年を取るし、このまま自分の人生が終わってしまうのかと泣きたくもなる。気軽に買い物に出かけることも難しい。盆や正月に旅行に出かける世間の人を見ては腹が立つ」と、現在進行形の思いをぶつける。


「介護中に泣きたくなることもあるが、人は自分の生き方は選べるけれど、死に方は選べない。いずれ自分も介護されるかもしれない。逆の立場、異なる立場から見ると、さまざまなことが見えてきます」



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posted by あい at 08:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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